分からないと言える知——区別と言葉は、何を見えなくするのか
王倪、朝三暮四、渾沌、輪扁の寓話から、知識を捨てるのではなく、判断と言葉が届く範囲を見極める知性を考えます。
情報が増えても、判断が固くなることがある
検索すれば、専門家の解説も反対意見もすぐに見つかります。それでも、情報を集めるほど、かえって自分の立場から動けなくなることがあります。
知識が足りないからとは限りません。何を正しいと呼ぶか、どこで物事を分けるかという枠組みまで、情報と一緒に固くなっていることがあるからです。
第二部では、主に古典期の『老子』と『荘子』を読みます。後世の宗教道教には、儀礼、教団、養生、修行の長い歴史がありますが、それらを一つの「道教の教え」として混ぜません。まずは個々の文章が、どのような場面で何を問いかけているのかを追います。
「分からない」は、答えではない
『荘子』「斉物論」には、齧缺(げっけつ)が王倪(おうげい)へ問いを重ねる場面があります。問いの内容をまとめると、「何が正しいのかを知っているか。自分が知らないことを知っているか。ものごとは何によって正しいと決まるのか」です。
王倪は、要約すれば「どうして私に分かるだろう」と答え続けます。
この場面を、「分からない人こそ最も賢い」という教訓にすると、王倪の返答が新しい正解になってしまいます。「斉物論」が揺さぶるのは、もっと手前です。人、動物、立場の異なる者が、快・不快や正・不正を同じ基準で判断できるのか。自分の基準を、世界全体の基準だと思っていないか。問いは、知識の量よりも、判断の足場へ向かっています。
同じ七つでも、同じ出来事ではない
同じ篇に、「朝三暮四」の話があります。猿に木の実を朝三つ、夕方四つ与えると言うと猿は怒り、朝四つ、夕方三つと言い直すと喜びます。合計はどちらも七つです。
これは単に「猿は目先の言葉にだまされた」という話ではありません。数の合計が同じでも、朝に多いことと夕方に多いことは、受け取る側にとって同じ経験ではないかもしれません。一方で、言い方を変えただけで対立を収めた飼い主も、猿の反応を利用しています。
言葉は、同じものを違って見せます。しかし、言葉の違いをすべて無意味とも言い切れません。「同じ七つ」という計算と、「いつ受け取るか」という経験を、どちらも消さずに見る必要があります。
渾沌を整えた善意
「応帝王」では、南海の帝・倏(しゅく)と北海の帝・忽(こつ)が、中央の帝・渾沌(こんとん)から厚くもてなされます。二人は恩返しとして、人には見る、聞く、食べる、息をするための七つの穴があるのに、渾沌にはないと考えます。そこで一日に一つずつ穴をあけ、七日目に渾沌は死にます。
二人は害そうとしたのではありません。自分たちに備わる形を、渾沌にも与えようとしました。
七つの穴が何を象徴するかを、一つに決める必要はありません。ただ、この寓話は強い問いを残します。相手を理解しやすい形へ整えることが、相手のためになるとは限りません。分類、評価、支援の制度にも、同じ危険があります。助ける側の標準が、助けられる側の生き方を壊すことがあるのです。
輪扁は、書物を捨てろと言ったのか
「天道」では、車輪職人の輪扁(りんぺん)が、本を読んでいた桓公へ話しかけます。車輪の穴は、緩すぎれば車軸が安定せず、きつすぎれば入りません。ちょうどよい加減は手にあり、心に応じますが、言葉では完全に伝えきれません。輪扁はその経験から、古人の言葉を「糟魄(そうはく)」と呼びます。酒を醸したあとに残るかす、という比喩です。
挑発的な発言ですが、書物が無価値だと結論づける必要はありません。この話自体が、言葉として『荘子』に残されているからです。
ここで見えてくるのは、言葉にできる知識と、手を動かす中でしか確かめられない加減のずれです。設計図は必要です。しかし、設計図を読んだだけで車輪を作れるわけではありません。言葉の限界を知ることは、言葉を捨てることではなく、言葉の次に何を確かめるべきかを知ることです。
現代への応用(本記事での解釈)
何かを理解したと思ったとき、次の三点を短く確認します。
- いま使っている「正しい」という基準は、誰の立場から作られたか。
- 分類することで、見やすくなったものと見えなくなったものは何か。
- 言葉で説明できたことを、実際にできることと取り違えていないか。
これは『荘子』に書かれた三段階の方法ではありません。王倪、朝三暮四、渾沌、輪扁が別々に開いた問いを、現代の判断へ移したものです。
次章では、言葉で説明しきれない「加減」が、実際の動きの中でどのように現れるのかを見ます。そこで中心になるのが、無為と熟練です。