アドヴァイタ — 非二元論という読み
ブラフマンとアートマンを二つの独立実体と見ない、後代ヴェーダーンタの有力な解釈伝統。
アハンカーラ
身体・感覚・自然の働きを『私』『私の行為』と結びつけ、孤立した自己だけを行為者とみなす同一化の働き。
アヒンサー(ジャイナ教)
生命を損なう行為と、行為者の情念・不注意をともに問うジャイナ教の不害の誓戒。
アフサナル・カサス(最良の物語)
クルアーン12章3節でユースフの物語について用いられる表現。神、家族、知、権力、赦しが一つの物語の中で結ばれる。
阿頼耶識
種子を保ち、異熟として相続する第一の能変。静的な記憶倉庫ではなく、滝のように変化し続ける識として説かれる。
アーナンダ — 歓喜を所有しない
タイッティリーヤ・ウパニシャッドで、欲望から自由な人とともに段階的に語られる歓喜。単なる快感ではない。
無我(アナッタ) — 五蘊を自己としてつかまない
無我とは、変化し制御できない五蘊を、私のもの・私・私の自己としてつかむ根拠を点検する初期仏教の教え。
アネーカーンタヴァーダ
実在を一つの性質や観点だけで尽くさず、変化と持続、一般と特殊など複数の側面から捉えるジャイナ教の多面性の思想。
転依と転識得智
我と対象を実体として掴む認識のよりどころが、道によって根本から転じること。単なる習慣改善ではなく、障り・智慧・涅槃・菩提を含む。
アートマン — 自己を問うための語
身体、息、心、知る働きなど、文脈によって多様に語られる「自己」。単純な魂の同義語ではない。
バディモ(Badimo / 先祖)
ソト・ツワナ語圏における祖先の概念。北ソトの宗教的理解では、生者との関係を保ち、儀礼やセリティに関わる存在として語られる。
万物一体(ばんぶついったい)
王陽明が『大学問』で示した、孺子・鳥獣・草木・瓦石への異なる応答に、一体の仁の働きを見る陽明学の倫理思想。
斉物論
『荘子』内篇の一篇。是非や美醜をめぐる確信を揺らし、言葉・視点・判断の限界を問い直す。
バクティ
神への信愛・献身・参与。ギーターでは、知、行為、修習、果実の放棄をクリシュナとの関係へ結び直す道。
別愛
自分側と他者側を分け、自分の身・家・国だけを利して他者を害へさらす関係を表す、兼愛との対照概念。
種子と熏習
種子が複数の条件を得て現行となり、現在の働きが熏習として後の可能性へ影響する、唯識の動的な因果論。
墨守
『墨子』「公輸」の守城譚を背景に、固く守ることを表すようになった言葉。現代では自説を変えない意味でも使われる。
ブラフマン — 世界の根拠を問う語
宇宙の根本原理と訳されるが、祭式の力、言葉、存在の根拠など多様な文脈を持つ。
緩衝された自己
チャールズ・テイラーが提示した、他者や宇宙、超越的な次元との直接的な結びつきを遮断した現代的自我の状態。
物化
『荘子』「斉物論」末尾で、荘周と胡蝶の区別を残しながら呼ばれる変化。境界が消えるという説明に回収しない。
致良知(ちりょうち)
王陽明が重視した陽明学の実践概念。心に本来ある良知を、私意で曇らせず、一つ一つの具体的な事において十分に働かせること。
集合的無意識
C・G・ユングが個人的無意識と区別した、個人の経験から獲得されず、元型を生み出す普遍的な心的基盤。
対象に固定されない慈悲(無縁の慈悲)
苦しむ相手に応答しながら、相手・自分・善行を自性のあるものとして固定しない、後代中観における慈悲の一つの向き。
大学八条目
『大学』が、格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下を連ね、知ること、自己修養、関係と政治を一つの道筋として示す八つの条目。
縁起 — 苦を成立させる条件の連関
縁起とは、経験と苦が独立して生じるのではなく、複数の条件に依存して生起・止滅することを示す初期仏教の分析。
コントロールの二分法
エピクテトスが『提要』冒頭で示す、われわれ次第のものと、われわれ次第ではないものを区別するストア派の実践的枠組み。
ドラヴィヤ (Dravya)
変化しながら存続する実体。ジャイナ教では魂と五つの非魂を含む六実体から宇宙を説明する。
苦(ドゥッカ) — 痛みと執着を含む不安定さ
苦とは、痛みや悲しみだけでなく、変化し制御できない経験を永続する支えとしてつかむ不安定さを含む初期仏教の中心概念。
八不(はっぷ)
「不生不滅」など8つの否定を通じて、物事を固定した実体として捉えようとする認識の偏りを解体する論理。
知的非暴力(知的アヒンサー)
アネーカーンタヴァーダとアヒンサーを結び、認識や対話における一面的な否定を問い直す近現代の解釈。
非攻
他国へ攻め入り、人を殺し、土地や財貨を奪う侵略を不義として批判する墨家の議論。
非命
富貧・人口・治乱などがあらかじめ定まり、人間の努力は無益だとする宿命論を退ける墨家の教説。統治と生産を止める言説の害を問題にする。
フィトラ(本来の天性)
クルアーン30章30節に現れる、人間に神が備えた本来の天性。解釈史では複数の理解がある。
五蘊 — 自己としてつかまれる五つのまとまり
五蘊とは、色・受・想・行・識という経験の五つのまとまり。初期仏教は、それらを自己として所有・同一化できるかを問う。
四煩悩
末那識に常に伴う我痴・我見・我慢・我愛。阿頼耶識を我として捉える働きと結びつく四つの煩悩。
四聖諦 — 苦を四つの課題へ分ける
四聖諦とは、苦・苦の起源・苦の止滅・止滅へ向かう道を、理解・放棄・実現・修習という課題に分ける教え。
意識のハード・プロブレム
脳の情報処理を説明しても、なぜ主観的経験があるのかは残るという現代の心の哲学の問題。
我と汝 (I and Thou)
ブーバーが示した二つの根本語、我―汝と我―それを通して、関係の中で『我』も変わることを考える対話哲学。
内在秩序と外在秩序(Implicate / Explicate Order)
物理学者デヴィッド・ボームが提唱した、宇宙は断片の集合体ではなく全体性として包み込まれているとする概念。
インダバ(Indaba)
南部アフリカで、重要な事柄やそれを話し合う集会を指す語。対話の価値は、合意の有無だけでなく参加条件からも考える。
個性化
C.G.ユング心理学で、自我が意識と無意識を含む自己との関係を深め、その人固有の全体性へ向かう過程。
ジャイナ教のカルマ過程
カルマの流入・束縛・遮断・脱落・解脱を、それぞれ異なる働きとして捉えるジャイナ教の体系。
兼愛
自分側だけを道徳的に特別扱いせず、他者の身・家・国も配慮に含める墨家の中心思想。
交相利
互いを配慮に含めることを、互いの生・家・国を利する行為と秩序へ結び付ける墨家の考え。
ジハード(奮闘)
力を尽くして努めることを表し、クルアーンでは啓示による非戦闘的な奮闘から戦闘に関わる文脈まで、複数の用法をもつ概念。
事上磨錬(じじょうまれん)
現実の事柄の中で良知を働かせ、心を磨く陽明学の修養論。静かな内省だけでなく、目の前の関係・責任・行為の中で学ぶことを重視する。
ジーヴァ (Jīva)
知る・見る働きを特徴とする、ジャイナ教の魂・生命主体。物質とは別の実体として無数に存在する。
ジーヴァンムクタ — 生きながら解放された者
身体を持って生きながら解放に達した者を表す、後代ヴェーダーンタで発展した概念。
上善若水
『老子』第8章の水の比喩。低い場所にあり、争わず、万物を利する水から、強さの尺度を反転して考える。
カルマ・ヨーガ
行為を放棄せず、果実への欲望・所有意識・行為者意識を離し、行為を供犠・神への奉献へ変える『バガヴァッド・ギーター』の実践思想。
豁然貫通(かつぜんかんつう)
『大学章句』補伝が、長く格物致知に力を用いたのち、事物の表裏精粗と心の全体大用が相互に明らかになる転換として描く境地。
本然の性と気質の性
性を理の側から語る「本然の性」と、理が現実の気質を離れずに現れることを語る「気質の性」。二つの別個の性ではなく、一人の人間を異なる焦点から捉える。
古文辞学
荻生徂徠が、古代の言語と礼楽・制度の歴史的文脈をたどり、先王の道を読み直そうとした学問。宋学の内面中心の道徳論を批判した。
胡蝶の夢
『荘子』「斉物論」末尾の寓話。夢と覚醒の確実さを揺らしながら、荘周と胡蝶の区別を残して物化を問う。
居敬窮理(きょけいきゅうり)
心を収め保つ居敬と、事の理を推し究める窮理が、相互に工夫を深める朱子学の修養。二つの手順ではなく、一つの営みの両面として働く。
虚
『老子』第16章の「虚」と、第11章で具体物の働きを生む「無」を区別しながら、満たさないことの意味を考える概念。
マアリファ――神を知る認識
とくにスーフィズムで発展した、神についての体験的・霊的な認識をめぐる概念。
中道(ちゅうどう)
有と無の中間を取る折衷ではなく、自性を立てることで生じる両極端を離れ、縁起する現実を因果として読む道。
末那識
阿頼耶識に依り、それを対象として我と捉える第二の能変。我癡・我見・我慢・我愛の四煩悩を伴う。
マーヤー — 古い語と後代の世界理解
創造の力、測る働き、現れの不可思議さから、後代アドヴァイタの世界説明へ発展した概念。
明鬼
鬼神の実在と、賢者を賞し暴虐を罰する力を明らかにしようとする墨家の教説。信仰の社会的効果と宗教的な正義の秩序を結びつける。
ミーサーク(第一の契約)
クルアーン7章172節で、アダムの子孫が神の主権について証言したと語られる原初の契約。
モディモ(Modimo)
ソト・ツワナ語群で神・神性を表す語。宣教師による翻訳と、ソト・ツワナ側の宗教理解のずれをめぐって議論されてきた。
Motho ke Modimo
『人はModimoである』と訳されるソト・ツワナ語の表現。Setiloaneが人間の尊厳と神的な臨在を論じる際に用いた神学的命題。
モト(Motho)
ソト・ツワナ語群で人、人間を表す語。思想上は、人であることに伴う尊厳と、関係の中で育ち認められる人格の両方を考える入口になる。
無用の用
『荘子』が有用性の危うさを示す語。有用と判定されることが、利用・採取・消耗の理由にもなるという逆説を含む。
ナヤ(観点)
対象の特定の側面へ焦点を当てて理解・叙述する、ジャイナ教認識論の体系的な観点。
負の自由・正の自由
アイザイア・バーリンによって区分された、他者からの干渉がない状態(負の自由)と、自己実現や主体性の発揮を目指す状態(正の自由)の対比。
ネーティ・ネーティ — 限定を外す否定
「それではない、それでもない」。何も語れないとするのでなく、自己やブラフマンを一つの定義へ閉じない叙述。
ニゴーダ (Nigoda)
後代のジャイナ宇宙論で語られる、極微で未発達な一感覚の生命状態。現代の微生物とは同義ではない。
ニルジャラー (Nirjarā)
魂を束縛する既存のカルマが脱落すること。新しい流入を止めるサンヴァラとは役割が異なる。
涅槃(ニッバーナ) — 苦を燃やす条件の終息
涅槃とは、渇愛と貪・瞋・痴が止み、執着によって苦が再生産される条件系列から解放されること。
八正道 — 智慧・戒・定をともに育てる道
八正道とは、正見から正定まで、理解・意図・言葉・行為・生計・努力・念・定を一つの道に結ぶ初期仏教の実践。
オメガ点 (Omega Point)
テイヤール・ド・シャルダンが、進化の完成とキリストを結びつけて構想した神学的な終点。
パンチャ・コーシャ — 五つの「より内なる自己」
食・息・心・理解・歓喜を段階的にたどる、タイッティリーヤ・ウパニシャッドの自己探究。
フィリア(友情)による認識
フロレンスキーがキリスト教的な友情の中に見た、自己閉鎖を越えて真理へ開かれる認識の可能性。
プラサンガ / 帰謬論証 (Prasaṅga)
対論者の前提から、その立場では受け入れにくい帰結を示す論証。『中論』の論証と、後代中観の方法論上の論争を分けて理解する。
プドガラ (Pudgala)
ジャイナ教における物質的実体。原子や集合体、身体、カルマ物質を含む。
礼
挨拶・祭祀・冠婚葬祭などを通じて、関係の秩序と心のあり方を具体的な行為に表す規範。朱子学では、所作を整えることと心を養うことが切り離されない。
関係論的量子力学
量子系の状態や事実を、別の物理系との相互作用に相対的なものとして捉える量子力学の解釈。
修復的司法(Restorative Justice)
犯罪が生んだ被害、責任、必要を確かめ、被害者の安全と尊厳を守りながら回復を目指す司法の考え方。
生への畏敬
アルベルト・シュバイツァーが、生命を肯定し、守り、高める責任を倫理の根に置いた思想。無執着が無関心へ変わる危険を点検する補助線にもなる。
問いの逆転
人生に何を期待するかではなく、具体的な状況から何を問われているかを聞き、責任ある応答によって意味を形づくるフランクルの実存的態度。
理と気(り・き)
朱子学が、万物の成り立つ筋道を「理」、形をとって動く具体的なはたらきを「気」として区別し、しかも両者を切り離さずに考える枠組み。
サークシン — 証人としての自己
経験内容の変化を知る「証人」を表す、後代ヴェーダーンタで精密化された概念。
三表の法
言説や政策を、聖王の事績、民衆の見聞、刑政としての効果から確かめる墨家の正当化法。近代科学とは異なり、伝統的規範と政治的な利害判断を含む。
サティ(念) — 道の方向を保つ気づき
サティとは、身体・感受・心・法を明瞭に観察し、苦の止滅へ向かう八正道の方向を忘れず保つ実践。
二諦(にたい)
世俗諦と勝義諦という二つの真理。日常の言葉と因果を使いながら、そこに独立した自性を置かないための区別。
サウボナ(Sawubona)
一人に向けて使うisiZuluの一般的な挨拶。『会う・見る』に関わる語形を持つが、祖先や生命力についての教義まで語そのものの意味に含めない。
性即理(せいそくり)
朱熹が『中庸章句』で、人物に賦与された性を理として捉えた命題。性の善さと同時に、気稟の差、日用の道、学びと教えの必要を含む。
セリティ
北ソトの文脈で、影・人格・尊厳・倫理的資質・祖先との関係などが重なる概念。Ratheteはその変化をA・B・Cの三分類で分析した。
尚同
人々の異なる義を、里・郷・国・天子へと上位に揃える墨家の政治構想。報告と諫言を含む一方、賞罰による強い統一も伴う。
シャンティ — 平安を願う言葉
ウパニシャッドの冒頭や末尾で唱えられる平安の祈り。三唱の意味は一つの固定表だけに還元できない。
シャリーアとフィクフ
神が示す道としてのシャリーアと、人間が啓示や伝承から具体的な法判断を導くフィクフを区別する。
心即理(しんそくり)
王陽明が提示した陽明学の核心命題。道徳的な理を心から切り離さず、具体的な事の中で心の私意を除き、理を尽くす修養へつなげる。
心統性情(しんとうせいじょう)
心が性と情を統べるという張載の命題を朱熹が受け継いだ心の構造論。性を心の理、情を心の動きとして、両者を一つの心のはたらきの中で捉える。
四端七情論
朝鮮儒学で展開した、道徳感情と一般感情を理と気の働きから考える論争。李退渓と奇大升の往復書簡は、感情を単純な二分類へ閉じない問いを残した。
Singulare Tantum — 意識を複数と数えられるか
シュレーディンガーが哲学的著作で語った、意識は複数形を持たないという着想。物理学の実験結果ではない。
ソボールノスチ
ホミャコフの教会論にある、恩寵のもとで自由な人格が信仰・愛・祈りの交わりを生きる一致。
識変における見分と相分
認識する側と認識される像を、識の転変に現れる見分と相分として分析する唯識の認識論。
空(くう)
事物が、それ自体の側から独立して成立する自性を欠くこと。ナーガールジュナは空を縁起・依存した名称・中道と結びつける。
自性(じしょう)
他の条件に依存せず、それ自体の側から成立する固有のあり方。『中論』は、自性を立てると因果と変化を説明できなくなると検討する。
スィヤードヴァーダ(サッドヴァーダ)
実在の多面性を、時間・場所・関係・様態などの条件を明らかにして述べるジャイナ教の条件付き言明の理論。
渇愛(タンハー) — 苦を集める渇き
渇愛とは、快を求め、不快を退け、存在や非存在をつかもうとして、苦の条件系列を支える渇き。
道(タオ)
『老子』で万物や統治のあり方を考える基準となる語。固定した物や万能のエネルギーとしてではなく、名づけと作為が届ききらない働きとして読まれる。
タパス (Tapas)
カルマの遮断と脱落に関わるジャイナ教の修練。六つの外的タパスと六つの内的タパスがある。
タット・トヴァム・アシ — 汝はそれなり
父が土、蜜、川、種、塩水の比喩を重ねた後、息子に繰り返し告げるチャーンドーギヤの重要句。
タットヴァールタ・スートラ
正しい見方・知識・行為から解脱までを体系化した、両大宗派で重んじられるジャイナ教のサンスクリット文献。
タウヒード――神の唯一性
神は唯一であり、比べうる何ものもないとする、イスラームの信仰と実践の中心原理。
三つのグナ
プラクリティから生じ、身体をもつ主体をそれぞれ異なる仕方で束縛するサットヴァ、ラジャス、タマス。
三法印・四法印 — 仏教を特徴づける観察の枠組み
無常・苦・無我・涅槃をめぐる法印を、初期経典の表現と後代に整えられた分類を区別して理解する。
三性説
依他起の経験に主客の実体性を重ねる遍計所執性と、その実体性が空である円成実性を示す唯識の三性。
天志
墨家が義と不義を測る最高の基準とした天の意志。公的な物差しとして働くと同時に、兼愛と交利を望み、善悪を賞罰する天への信仰を含む。
トゥリーヤ — 「第四」を一状態に閉じない
覚醒・夢・深い眠りを並べた後、内でも外でもないと否定的に記される自己の第四の部分。
二障
煩悩障と所知障。涅槃と菩提を妨げ、転依において断じられる二つの障り。
ウブントゥ(Ubuntu)
南部アフリカの諸言語で人間性や人としてのよさを表し、他者との関係の中で人間性が育つという倫理へ展開してきた概念。
負荷なき自我
マイケル・サンデルがリベラリズムの前提とする、特定の歴史・共同体・目的から切り離された抽象的な人間像を批判的に指した言葉。
無底 (Ungrund)
ヤーコプ・ベーメの語をベルジャーエフが受け継ぎ、決定論に還元されない自由と悪の可能性を考えた形而上学的象徴。
唯識・唯表識
見る側と見られる側を、識の転変から離れた独立実体として捉えることを問い直す、瑜伽行唯識の中心的な教説。
生命力(Vital Force / テンペルスの力の存在論)
宣教師プラシド・テンペルスがルバの思想を『存在とは力である』と体系化した概念。アフリカ全体の共通教義としてではなく、影響と批判を含む研究史の中で読む。
全一性
ソロヴィヨフが、複数性を排除する統一と区別して構想した、キリスト教的な全一性の思想。
無為
『老子』で、欲望や強制に駆動された過剰な作為を減らし、万物が自ら化す余地を妨げない方向を示す語。
逍遥遊
『荘子』内篇の第一篇。鯤鵬と小さな鳥を通して、異なる生が異なる条件と視野を持つことを描く。
良知と知行合一(陽明学)
王陽明の心即理・良知・致良知・知行合一を、原典上のつながりと私意による妨げの両面から捉える概念ノート。
有と無
『老子』第11章で、物がある部分と空所が用途を分け合う関係を示す対概念。『荘子』の無用とは区別して読む。
有無相生
『老子』第2章の対概念の連なり。有無・難易・長短・高下などが、互いを参照して輪郭を得ることを示す。
ザカート――定められた喜捨
イスラームの五行の一つ。富を浄め、定められた受給者へ配分する宗教的義務。
AI推薦学習パスAI生成
古代インド哲学と思想の源流
ウパニシャッドと初期仏教思想を横断的に学習するコース。ブラフマン(真我)と無我(アナッタ)の対比など、根本的なテーゼを深く探求します。
総合学習パス
全てのコンセプトを難易度順に学ぶ包括的なコース。