フィトラ(本来の天性)
nakano
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概要
フィトラ(Fiṭra)は、クルアーン第30章30節で、人々に神が備えた「本来の天性」として語られる概念です。イスラームの人間観では、人間が神や善へ向かいうる根本的なあり方を考える手がかりになってきました。
フィトラがあることは、人が生まれた時点ですべての正解を知っている、という意味ではありません。第30章30節は、本来の天性に沿って宗教へ顔を向けるよう促します。方向が備わっていることと、その方向にいつも歩けることは別です。
第一の契約との関係
クルアーン第7章172節の「第一の契約」とフィトラを結びつけ、人間には神を認める原初的な方向があると読む解釈があります。一方、思想史上は、フィトラを現世における人間の自然な能力や傾向として重視する読みもあります。
したがって、フィトラを「第一の契約の記憶」とそのまま同一視するのは慎重であるべきです。両者を結ぶのは有力な解釈の一つであり、クルアーン30章30節が直接「魂の記憶」と述べているわけではありません。
啓示との関係
啓示は、人間に完成済みの答えを思い出させる外部メモリ、とだけ捉えることはできません。フィトラをもつ人間が、忘却、欲望、慣習の中でどちらへ向いているかを問い直す呼びかけとして読むことができます。
この概念が登場するブログ記事
さらに深く知るためのガイド
- クルアーン第30章30節、第7章172節
- Primordial Human Nature (fiṭra), St Andrews Encyclopaedia of Theology