中道(ちゅうどう)
nakano
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概要
中道(ちゅうどう、サンスクリット: madhyamā pratipad)は、二つの立場の中間を取る妥協ではありません。ナーガールジュナの『中論』では、条件から独立した自性を立てることで生じる、有と無、常と断などの両極端を離れる道です。
空・縁起・中道
『中論』第24章第18偈は、条件に依存して生じるものを空と呼び、依存した名称、中道と結びつけます。
- ものに自性があるなら、条件によって生じたり変わったりしません
- 何もないとすれば、原因と結果、行為と責任も成り立ちません
- 自性を置かず、条件に依存して働くものとして読むと、因果と変化を保てます
中道は「半分は存在し、半分は存在しない」という答えではなく、存在を自性の有無だけで問う前提から離れることです。
八不
『中論』の帰敬偈は、不生・不滅、不常・不断、不一・不異、不来・不去という八つの否定を置きます。これは日常の生滅や移動を語ることの禁止ではありません。縁起するものを、固定した生・滅・同一・差異として実体化する見方を退けます。
後代の中観派
ナーガールジュナ以後、空をどのように論証するかについて多様な展開が生まれました。チャンドラキールティやバーヴィヴェーカをめぐる分類は後代の論争史に属するため、『中論』本文の主張とそのまま同一視しない注意が必要です。
この概念が登場するブログ記事
さらに深く知るためのガイド
- ナーガールジュナ『根本中頌(中論)』
- 三枝充悳『中論 — 縁起・空・中の思想』