非攻
nakano
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概要
非攻(ひこう、Fei Gong)は、他国へ攻め入り、人を殺し、土地や財貨を奪う侵略を不義として批判する墨家の議論です。「非攻上」は、一人への盗みや殺人を罰しながら、国による大規模な強奪を「義」と称える評価の矛盾を突きます。
非攻は、あらゆる武力行使を一律に否定する現代的な絶対平和主義と同じではありません。『墨子』には古代の聖王による「誅」を正当化する議論もあり、「公輸」篇や守城諸篇は侵略を防ぐ備えを描きます。
詳細解説
「非攻中」は、侵略戦争によって失われるものを数えます。農作の時期、兵士の生命、武器や車馬、食糧、民衆の生活です。君主が土地や名誉を得ても、その利益と民衆が負う損失は同じではありません。
非攻の特徴は、戦争を日常の道徳から隔離しないことにあります。一人を殺して財貨を奪う行為に使う善悪の基準を、国家が行う侵略にも適用します。同時に、勝敗だけでなく、誰が利益を得て、誰が代価を払うのかを問い直します。
「公輸」の物語では、墨子は侵略の不義と不利益を説き、模擬戦で守城法を示し、現地にも備えがあると告げます。この場面は、説得と守備が重なる構図を示します。ただし、それを近代的な抑止理論そのものと呼んだり、物語を検証済みの戦史として扱ったりすることはできません。
非攻の要点
- 小さな加害と国家の侵略で、善悪の基準を変えない。
- 戦争の利益だけでなく、農民、兵士、家族が負う損失を数える。
- 侵略への批判と、防衛のための備えを区別しながら考える。
- 守る力を誰が統制するかという課題も残る。
この概念が登場するブログ記事
さらに深く知るためのガイド
- 『墨子』「非攻上」、「非攻中」、「公輸」
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Mohism”
- Chris Fraser, “The Mozi and Just War Theory in Pre-Han Thought”