墨子を学ぶ 第一部
4章 / 全4

侵略を止めるには、説得と防衛のどちらが要るのか

『墨子』の非攻、公輸の物語、守城篇を読み分け、侵略を不義とする議論と、侵略を断念させる備えの関係を考えます。

nakano
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隣国が、小国への攻撃を準備しています。侵略は不正だと説くべきでしょうか。それとも、攻めても勝てない備えを整えるべきでしょうか。

前者だけでは、相手が聞かなければ止まりません。後者だけでは、守るための力が新たな支配へ向かわない保証がありません。

『墨子』には、この二つを一つの場面に置く物語があります。墨子は楚へ赴き、宋への攻撃が不義であると説きます。それでも計画が止まらないと見ると、公輸盤の攻城法に対して守城法を示します。

「非攻」篇は侵略の不義と損失を論じ、「公輸」篇は侵略を止める場面を物語にします。さらに守城篇には、具体的な防衛技術が記されています。この三つをたどると、非攻をどのように実行へ移そうとしたのかが見えてきます。

一人の殺人を罰し、戦争の殺人を称える矛盾

「非攻上」は、小さな盗みから侵略戦争まで、行為の規模を少しずつ大きくしていきます。

人の果樹園から桃や李を盗めば、不義だと非難されます。家畜を奪えば、罪はさらに重くなります。罪のない一人を殺して衣服や武器を奪えば、いっそう重大な不義です。ところが、国を攻めて多数を殺し、土地や財貨を奪うと、君子たちは「義」と称賛する。この評価は一貫しているのか、と篇は迫ります。

非攻の鋭さは、戦争だけを日常の道徳から切り離さない点にあります。一人を害する行為に使った基準を、国が行う大規模な暴力にも適用するのです。

もっとも、非攻はあらゆる武力行使を一語で否定する教説ではありません。篇が繰り返し批判する中心は、他国へ攻め入り、人を殺し、財貨や土地を奪う「攻」です。古代の聖王による「誅」を正当化する議論も本文に残るため、現代の絶対平和主義とそのまま同一視はできません。

勝てる戦争でも、誰が代価を払うのか

「非攻中」は、侵略がもたらす損失をさらに具体的に数えます。

軍を動かせば、農民は耕作や収穫の時期を失います。武器や車、馬、食糧が消耗します。長い行軍と戦闘で多くの人が死に、勝って土地を得ても、失った民を埋め合わせることはできません。

君主が名誉や領土を得る一方で、農民や兵士、その家族が負担を引き受けます。「国が勝った」という一文の中で、誰の利益と誰の損失がまとめられているのか。非攻篇は、農事や人命を一つずつ数え、国の成功として語られた出来事を、人々の暮らしから捉え直します。

「公輸」は、説得と備えを一つの物語にする

「公輸」篇では、楚が公輸盤の攻城兵器を用いて宋を攻めようとします。墨子は知らせを聞き、斉から楚の都・郢まで十日十夜をかけて赴きます。

墨子はまず、公輸盤に対して、宋を攻めることの不義と不利益を説きます。公輸盤は説得されますが、すでに王へ計画を伝えたため撤回できないと答えます。そこで墨子は、王に会わせるよう求めます。楚王の前では、豊かな国が乏しい国を奪おうとする愚かさを指摘します。王もその理屈を認めながら、公輸盤が攻城兵器を作ったので宋を取れるはずだと、攻撃への期待を捨てません。

そこで墨子と公輸盤は模擬戦を行います。墨子は帯を城壁に、木札を守備の器械に見立てます。公輸盤が九度にわたって攻城法を変えても、墨子にはなお守る手段が残っていました。さらに墨子は、弟子の禽滑釐ら三百人が宋の城上で守備の器具を備え、攻撃を待っていると告げます。楚王は、宋を攻めないと決めます。

この場面は、非攻を唱えるだけの物語ではありません。相手の規範と利益へ訴える説得、攻撃法を上回る守備の提示、現地で実際に備える仲間の存在が重なっています。

一方で、「公輸」は思想を伝えるために構成された物語でもあります。模擬戦の描写を、そのまま検証済みの軍事記録として扱うことはできません。また、『墨子』後半の守城諸篇は独立した技術的なまとまりをもちます。そこに残る知識を、すべて墨翟一人の発明や、一つの墨家組織の実績へまとめない慎重さが必要です。

非攻・公輸・守城篇が示す三つの働き

戦争を決める人は、その代価を払うのか

「公輸」では、目前の攻撃を断念させることが課題でした。では、一度止めたあとも戦争を繰り返させないために、どこを変える必要があるのでしょうか。18世紀の哲学者イマヌエル・カントは、『永遠平和のために』で、戦争を選ぶ仕組みそのものへ目を向けます。

第一確定条項で論じるのは「共和的な体制」です。カントが重視するのは、自由で平等な市民が共通の法に従い、法を作る権力と執行する権力が分かれていることです。そのもとでは、戦争を始めるにも市民の同意が必要になります。

カントは、市民が戦争の代価を自分たちで引き受ける点に注目します。戦地へ行くのも、費用を払い、破壊された暮らしを立て直すのも自分たちなら、開戦を慎重に考えるはずです。これに対して、自分の食事や狩猟や宮廷の楽しみが損なわれない支配者には、戦争を決める負担が軽くなります。平和の問題が、「指導者は善良か」から「その決定を誰が承認し、誰が負担するか」へ移るのです。

さらに第二確定条項では、自由な諸国家が平和のために連合する構想を示します。一度の講和で一つの戦争を終えるところから、戦争を繰り返さずに共存する関係へ進もうとするのです。第三確定条項は、他国を訪れた人を、来訪したという理由だけで敵として扱わない権利を論じます。国内の統治、国家どうしの関係、国境を越える人の扱いを、法によって整える構想です。

この視点から「非攻中」へ戻ると、農民が耕作の時期を失い、兵士が行軍で命を落とすという列挙が、いっそう重く読めます。領土を得た君主の側からだけ数えれば、勝利に見えるかもしれません。そこで墨家は、戦争によって失われる人命や生活を数え、君主の利害判断を問い直します。カントは、費用を負担する市民の同意を開戦の決定へ組み込みます。被害を見えるようにする批判と、その人々が決定に関わる仕組みが、それぞれの文章で前面に出てきます。

「非攻中」の損失の列挙と、「公輸」の防衛の備えを合わせて読むと、守ろうとしているのは城壁だけでなく、その内外で暮らす人の生だと分かります。現代にこの問いを持ち運ぶなら、防衛の効果とともに、その力を誰が決め、誰が点検できるかを考えることになります。

現代への応用(本記事での解釈)

対立を止める方法を考えるとき、次の四つを分けて確認します。

  1. 規範:小さな行為に使う善悪の基準を、大きな組織の行為にも適用しているか。
  2. 負担:決定による利益と損失を、誰が受け取るのか。
  3. 備え:相手に加害を断念させる現実的な手段があるか。
  4. 統制:その手段が、別の加害や際限のない拡大へ向かわない仕組みがあるか。

この四つは、非攻篇、公輸の物語、守城篇、カントとの比較から作った本記事の確認方法です。

第一部で読んできた兼愛、交相利、非攻は、一つの問いで結ばれます。自分側の生と利益だけを数え、他者側の損失を見えなくしていないか。墨家の答えには、包摂的な配慮の力と、それを統一的な秩序へ変えようとする厳しさの両方があります。

参考文献

付録:総合図解

以下の四図は、第一部の論点を別々の角度から組み直したものです。図は拡大・縮小でき、拡大後はドラッグして移動できます。

図解1 兼愛から非攻へ、配慮の範囲をたどる

読み方: 上から下へ、配慮の範囲から相互利益・非攻へたどります。点線の枝は、配慮から外したときの害を示します。

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図解2 交相利の主張と、協力が続く条件を分ける

「兼愛中」は、誰を利する関係を育てるかを問い、天下の富と治へ向かいます。反復ゲームでは、今日の選択が相手の応答を通して将来の利益へ及ぶことに注目します。再会の見込みや利益の配分、選ぶ戦略によって、協力の成績は変わります。

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図解3 墨家とシンガーは、遠い他者をどう数えるか

身近に感じるかどうかから、防げる害や他者の損失へ目を移すと、どんな行為が求められるでしょうか。墨家の侵略批判とシンガーの援助義務を、それぞれの判断から実践へたどります。

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図解4 侵略を断念させる三つの働き

読み方: 三つは一本道ではありません。規範、利害、守備がそれぞれ侵略計画へ圧力をかけ、「公輸」の物語では一つの断念へ重なります。

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