ジャイナ教を学ぶ 第一部
7章 / 全8

多面性は、何でも正しいことにするのか

アネーカーンタヴァーダへの相対主義批判を通して、観点の多さと判断の基準が両立する理由を考えます。

nakano
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ジャイナ教
アネーカーンタヴァーダ
相対主義

「どんな主張にも一理ある」と言われたら、殺人や差別を正当化する意見にも一理を認めるのでしょうか。

多面性を説く思想は、必ずこの問いにぶつかります。観点を増やすほど判断できなくなり、最後には「人それぞれ」で終わるのではないか。

ジャイナ教の答えは、すべての言明を同じ価値にすることではありません。観点が対象とどう結びつき、どの条件で成り立ち、妥当な知に支えられているかを問います。

観点には、対象と根拠が必要になる

第2章で見たように、ナヤは対象の一面へ焦点を当てます。だからといって、思いついた説明がすべてナヤになるわけではありません。

壺を「飲み物を入れる器」と見ることと、「空を飛ぶ動物」と見ることは同列ではありません。前者は壺の構造と使用に支えられます。後者には、対象との対応を示す根拠がありません。

後代の論理学者アカランカは、一般に知られている対象、または妥当な知によって確かめられた対象について、条件付き言明を組み立てました。多面性は、対象を離れた言葉遊びではありません。

観点が妥当になる条件と相対主義との違い

「ラクダは凝乳である」という批判

仏教論理学者ダルマキールティは、ジャイナ教の多面性に厳しい批判を向けました。あらゆるものが何らかの点で多面的なら、ラクダと凝乳の区別まで崩れるのではないか。異なるものを区別できなければ、日常の行為も論理も成り立ちません。

この批判は、多面性の弱点をよく突いています。条件を後付けするだけなら、どんな命題でも救えてしまうからです。

ジャイナ論理学は、同一性と差異、実体と様態、一般と特殊を区別し、言明が成り立つ観点を限定することで答えました。ラクダと凝乳は、それぞれ複数の性質を持ちますが、同じ性質の束ではありません。多面性は区別を消すのではなく、何を同じとし、何を異なるとするかを細かくします。

近代的な多元主義と、同じ結論ではない

現代の多元主義は、異なる宗教、文化、価値観を持つ人びとが、同じ社会でどう共存するかを考えます。権利、制度、政治参加、少数者の保護が重要になります。

アネーカーンタヴァーダには、他の観点を直ちに無意味としない知的資源があります。現代のジャイナ思想家や研究者が、寛容や対話と結びつけてきたことにも理由があります。

しかし、古典の中心目標は近代国家の制度設計ではなく、魂の束縛と解脱です。「他者の視点を統合し続けることが市民の義務である」といった結論は、原典から直接出るものではありません。現代社会へ生かすには、人権や法、権力関係について別の議論が必要です。

かつての記事では、アショーカ王やアクバル帝の宗教政策を、アネーカーンタヴァーダの政治的実践として紹介していました。両者は宗教間の関係を考える重要な人物ですが、政策がジャイナ教の多面性から直接生まれたと断定できる史料は示せていません。比較材料として扱うことと、思想的な因果関係を語ることは分ける必要があります。

判断を遅らせても、責任は消えない

多面性が求めるのは、永遠に判断しないことではありません。害が迫る場面では、限られた情報でも行動しなければならないことがあります。

そのときにも、判断の範囲を明らかにできます。「現時点の証拠では」「この危険を避けるために」「新しい事実が出れば見直す」という条件を添えることです。条件は責任逃れではなく、決定の根拠と修正可能性を共有する働きを持ちます。

多面性は、判断を無力にする思想ではありません。判断が何を見て、何をまだ見ていないかを記録する思想として、現代へ生かせます。

次章では、第一部の全体を、真理を諦めずに独占を手放す道として振り返ります。

参考文献

  • ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』第1章6節・33節、第5章30節・32節
  • アカランカ『ラギーヤストラヤ』
  • Harshita Mruthinti Kamath, "In Some Ways: Syādvāda as the Synthesis of Anekāntavāda and Nayavāda in Akalaṅka’s Philosophical Treatises"
  • Bimal Krishna Matilal, The Central Philosophy of Jainism (Anekānta-vāda)
  • Marie-Hélène Gorisse, "Jaina Philosophy," Stanford Encyclopedia of Philosophy