ジャイナ教を学ぶ 第一部

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正しい見方だけでは、なぜ自由になれないのか

正しい見方・知識・行為という三宝から、ジャイナ教が認識の慎重さを解脱の道へどう位置づけたかを読み解きます。

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同じものを見ているのに、なぜ話がずれるのか

プラマーナとナヤの区別から、部分的な観点が単なる個人の意見ではない理由を考えます。

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変わり続けるものを、同じものと呼べるのか

生起・消滅・持続を同時に考えるジャイナ教の存在論から、アネーカーンタヴァーダの深さを読みます。

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「ある観点から」は、逃げ道なのか

サッドヴァーダと七重判断から、断言を弱めるのではなく条件を精密にするジャイナ教の論理を読みます。

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すぐに断定しない人は、いつも正しいのか

カーネマンの二重過程論とジャイナ教の認識論を比べ、慎重に考えることの力と限界を見ます。

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相手を言い負かすことは、暴力なのか

ジャイナ教のアヒンサーを生命・情念・不注意から読み、言葉の加害へ応用できる範囲を考えます。

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多面性は、何でも正しいことにするのか

アネーカーンタヴァーダへの相対主義批判を通して、観点の多さと判断の基準が両立する理由を考えます。

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真理を諦めず、独占を手放せるか

三宝、ナヤ、アネーカーンタヴァーダ、サッドヴァーダ、アヒンサーを一つの道として振り返ります。

2026年5月16日 から開始