ジャイナ教を学ぶ 第二部
8章 / 全8

自由になるとは、関係を断つことなのか

ジャイナ教第二部のカルマ、六実体、タパス、アヒンサー、解脱を一つの行程として振り返ります。

nakano
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ジャイナ教
アヒンサー
解脱

自由になりたいと願うとき、私たちは束縛を外から来るものとして想像しがちです。

命令する人、時間を奪う制度、逃げにくい関係。そこから距離を取ることは、確かに自由の一部です。

ジャイナ教は、さらに見えにくい束縛を考えました。心・言葉・身体の活動に情念と不注意が重なると、カルマ物質が魂を縛る。しかも、魂を自由にするために行う修行そのものが、慢心や執着を生む可能性もあります。

第二部で読んできたのは、自由の賛歌というより、束縛が生まれる場所を細かく見分ける思想です。

世界を知るだけで終わらない

『タットヴァールタ・スートラ』は、正しい見方、正しい知識、正しい行為を一つの解脱の道として置きました。

六つの実体を知ることは、宇宙の分類表を暗記するためではありません。魂と物質を取り違えず、何が魂を束縛し、何が流入を止め、何が蓄積したカルマを落とすのかを知るためです。

知識は、行為の地図になります。ただし、地図を持っていることと、道を歩くことは同じではありません。そこで誓戒、注意、タパスが必要になります。

自由への道が、他の生命を見せる

カルマから離れる実践を進めると、他の生命への注意も深まります。

歩く、話す、食べる、物を持つ。そのどれもが、他のジーヴァとの接触です。アヒンサーが厳しくなるほど、世界は利用できる物の集まりから、無数の生命と行為が交差する場所へ変わります。

ここに、ジャイナ教の緊張があります。解脱は個々の魂の課題ですが、その道は他の生命への注意を深めます。世界との関係を断つことを目指しながら、修行の途中では世界との関係をこれまで以上に細かく見なければなりません。

第二部の学びを、知識・実践・他者・解放の関係でまとめた図

現代思想との比較で見えた四つの違い

第二部では、四人の思想家を補助線にしました。

ドーキンスの遺伝子論は、現在の自分が自分の意識だけで始まった存在ではないと気づかせます。しかし、遺伝子の進化とカルマ物質の輪廻は別の説明です。

フーコーの規律論と自己形成論は、修行を自発的か強制的かだけで判断できないことを示します。しかし、タパスの目標は、近代的な主体性ではなくカルマからの解脱です。

レヴィナスの顔の倫理は、他者を理解し終えた対象にしない責任を問います。しかし、アヒンサーは、ジーヴァとカルマをめぐる別の宇宙論から、人間以外の生命への加害を問題にします。

スピノザは、自由を自然の必然からの脱出として考えません。ジャイナ教のモークシャは、カルマ物質と身体から魂が完全に離れることを目指します。

比較によって見えてきたのは、同じ「自由」「生命」「自己」という言葉でも、世界の前提が違えば、問いと答えの形が変わることです。ジャイナ教を現代思想の先取りとして評価するより、その違いをたどるほうが古典の輪郭を深く理解できます。

今日の行為を、五つの地点から見る

現代への応用として、一つの出来事をカルマの五段階になぞらえて見てみます。

誰かの言葉に腹が立ったとします。

  1. 流入:何を見聞きし、どんな反応が起きたか。
  2. 束縛:怒り、慢心、不注意が、どの言葉や行為を長引かせているか。
  3. 遮断:いま増やさずに済む刺激や行為は何か。
  4. 脱落:すでに残った反応を、謝罪、学習、反復練習によってどう弱めるか。
  5. 自由:同じ状況で、以前とは違う応答を選べるか。

これはモークシャを日常的な自己改善へ縮めたものではありません。原典の宇宙論と、記事の応用の間には距離があります。その距離を明記したうえで、古典から借りた区別を使います。

第二部の最後に残る問いは、「私は何者か」より少し具体的です。

いまの行為は、何を新たに結びつけ、どの流れを止めようとしているのでしょうか。

付録:総合図解

以下の四つの図は、第二部の内容を別々の問いから整理したものです。最初の図はカルマの過程、二つ目は六実体、三つ目はアヒンサーと実践、四つ目は現代思想との比較を示します。

原典の関係を実線、本記事での比較や応用を点線で表しています。比較の線は「同じ教え」を意味せず、共通する問いから違いを確かめるための線です。

図解1 カルマの流入・束縛・遮断・脱落

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図解2 世界を構成する六つの実体

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図解3 アヒンサーを、誓戒と日常の実践から読む

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図解4 現代思想との比較で、同じ問いと違う答えを見る

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参考文献

  • ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』第1・2・5〜10章
  • 『アーチャーラーンガ・スートラ』第1篇
  • Nathmal Tatia, That Which Is: Tattvārtha Sūtra
  • Padmanabh S. Jaini, The Jaina Path of Purification
  • Paul Dundas, The Jains
  • Richard Dawkins, The Selfish Gene
  • Michel Foucault, Discipline and Punish
  • Michel Foucault, "Technologies of the Self"
  • Emmanuel Levinas, Totality and Infinity
  • Arne Næss, "The Shallow and the Deep, Long-Range Ecology Movement"
  • Benedict de Spinoza, Ethics