兼愛と交相利──墨子が2400年前に解いた「囚人のジレンマ」
墨子を学ぶ 第一部 第2章
「すべての人を等しく愛せ」──その言葉の真意
前章で確認したように、墨子は「身内への自然な愛」こそが戦争と分断の根源だと看破した。
では、その解決策は何か。
墨子の答えは、シンプルで、しかし過激だった。
「人の国を視ること、其の国を視るが若くし、人の家を視ること、其の家を視るが若くし、人の身を視ること、其の身を視るが若くせよ」 ──『墨子・兼愛中』
他人の国を、自分の国と同じように見よ。他人の家族を、自分の家族と同じように見よ。他人の体を、自分の体と同じように見よ。
これが「兼愛(けんあい)」──無差別・無条件の普遍的な愛の思想だ。
当然、猛烈な批判が起きた。孟子をはじめとする儒教側の思想家たちは一斉に反論した。「自分の親と見知らぬ他人を同じように愛するなど、人間にできるはずがない。それは人間の本性を無視した空論だ」と。
この批判は、今読んでも鋭い。私たちの直感もまた、同じ疑問を持つだろう。
しかし墨子は、この批判を正面から受け止めた上で、全く別の地平から反論した。彼は「できるかどうか」ではなく、「やった方が得かどうか」を問うたのだ。
「交相利」──愛を感情から戦略に変えた発想
墨子が兼愛とセットで提唱したのが「交相利(こうそうり)」という概念だ。
直訳すると「互いに利益を与え合うこと」。しかしその意味するところは、単なる「助け合い精神」ではない。
墨子の論法を整理するとこうなる。
① あなたが他者に利益を与えれば、他者もあなたに利益を返す ② 全員が互いに利益を与え合えば、社会全体の富と安全は最大化される ③ つまり「兼愛+交相利」は、感情的な自己犠牲ではなく、最も合理的な自己利益の追求だ
「人を愛する者は、人も従って之を愛す。人を利する者は、人も従って之を利す」 ──『墨子・兼愛中』
他者を愛する者は、必ず他者から愛される。他者に利益を与える者は、必ず他者から利益を得る。墨子はここで「道徳」を語っているのではない。社会の作動原理を、2400年前に言語化していた。
現代のゲーム理論が証明した「墨子の正しさ」
ここで、現代の政治学・経済学が辿り着いた知見と比較してみると、墨子の先見性が際立つ。
まず「囚人のジレンマ」という思考実験を確認しておこう。
【囚人のジレンマとは】 二人の共犯者がいる。それぞれが「黙秘(協力)」か「自白(裏切り)」を選べる。
- 二人とも黙秘→二人とも軽い刑(最善の結果)
- 一方だけ自白→自白した方は無罪、黙秘した方は重刑
- 二人とも自白→二人とも中程度の刑(最悪の結果)
「相手が何をするかわからない」状況では、合理的に考えると「裏切り」を選ぶ方が個人にとって有利になる。しかし全員が裏切れば、全員が損をする。
これが、国家間の戦争、企業間の競争、個人間の不信が止まらない理由の構造的な説明だ。
政治学者ロバート・アクセルロッドは1984年の著書『つきあい方の科学』の中で、コンピューターを使った大規模な実験でこの問いに答えた。囚人のジレンマを繰り返し行う場合、最も高い成果を上げた戦略は何だったか。
答えは「しっぺ返し戦略(Tit for Tat)」──最初は必ず協力し、相手が裏切ったら次回だけ同じく裏切り、また協力に戻る、という戦略だった。
つまり、「長期的な関係においては、協力こそが最も合理的な戦略になる」。
墨子の「交相利」は、この結論と構造的に一致している。彼は数学もコンピューターも持たなかった。しかし、人間社会の反復的な相互作用を観察し、「協力の連鎖こそが全員の利益を最大化する」という真理を、直感的に看破していたのだ。
それでも残る問い──「最初の一歩」は誰が踏み出すのか
ここで正直に認めなければならない反論がある。
ゲーム理論が示す「協力均衡」は、相手も協力してくれるという前提が必要だ。しかし現実には、最初の一歩を踏み出した協力者が、裏切り者に搾取されるリスクは常に存在する。
これは墨子も認識していた弱点だ。
彼の解答は二段構えだった。
一つ目は、「天の意志(天志)」による規範の上位化。すべての人が従うべき普遍的な価値基準として「天の意志」を設定し、協力を「個人の選択」ではなく「宇宙の秩序への従属」として位置づけた。これは現代的に言えば、ゲームのルールを変えることで、裏切りのインセンティブそのものを消す試みだ。
二つ目は、「守る力を持つこと」。墨家が高度な防衛技術を持つ武装集団だったのはここに理由がある。「攻撃しても得をしない」という状況を物理的に作り出すことで、相手に「協力の方が合理的だ」と認識させる。これはまさに現代の「抑止力による平和」の論理だ。
感情に訴えるだけでなく、制度と力で「協力が得になる環境」を作る。墨子の平和論が、純粋な理想主義と決定的に異なる点はここにある。
まとめ:愛を「感情」から「設計」へ
第2章の要点を整理する。
- 兼愛は「すべての人を無差別に愛せ」という道徳命令ではなく、「他者の利益を自分の利益と同一視することで、全員の利益が最大化される」という社会設計の原理だ
- 交相利は、現代のゲーム理論が数学的に証明した「協力均衡」を、2400年前に言語で定式化したものだと見なせる
- しかし墨子は楽観主義者ではなかった。「協力が得になる環境を強制的に作る」という制度設計と抑止力の発想を、同時に持っていた
「愛は感情ではなくシステムだ」──第1章で投げかけたこの命題の答えが、ここに完成する。
では次章では、この思想が現実の政治にどう適用されたか。墨子が弟子たちとともに体を張って守り抜いた「非攻(侵略戦争の否定)」の論理と、その壮絶な実践に迫る。