朱子学を学ぶ 第二部
3章 / 全6

感情は、理と気のどちらから動くのか

李退渓と奇高峰の四端七情論争から、善なる本性と複雑な感情を同時に説明する難しさを読みます。

nakano
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正しい怒りは、どこから来るのか

不正を見て、怒りが湧きます。ところが少し時間がたつと、その怒りに自分の面子や疲れも混じっていたことに気づきます。

では、最初の怒りは正義だったのでしょうか。それとも、最初から私情だったのでしょうか。

感情を善と悪の二箱へ分ければ、答えは簡単です。しかし実際の感情は、同情、恐れ、欲望、記憶、身体の状態が重なって動きます。善なる本性を認めながら、この複雑さをどう説明するか。16世紀の朝鮮で交わされた四端七情論争は、この難問をめぐる議論でした。

四端と七情は、二種類の感情リストではない

四端は、『孟子』が説く四つの道徳の芽です。

  • 惻隠の心:人の苦しみを見過ごせない心
  • 羞悪の心:不正を恥じ、憎む心
  • 辞譲の心:譲り合う心
  • 是非の心:正しいことと誤りを見分ける心

これらは仁・義・礼・智の始まりとされます。

七情は、『礼記』に挙げられる喜・怒・哀・懼・愛・悪・欲です。日常の生活で動く、広い感情の範囲を指します。

二つは、単純な「善い感情」と「悪い感情」ではありません。四端は道徳的な方向を持ちますが、その表れ方がいつも適切だとは限りません。七情も、怒りや欲があるというだけで悪ではありません。問題は、人の本性が善であるなら、現実の感情がなぜ過不足を起こすのかです。

退渓と奇高峰は、何を争ったのか

李退渓(李滉)と奇高峰(奇大升)の論争は、書簡の往復から始まりました。退渓は、四端と七情の発し方を次のように区別します。

  • 四端:理が発し、気がそれに随う。
  • 七情:気が発し、理がそれに乗る。

「理が発する」という表現は、朱熹の理気論に緊張を生みます。理は規範や筋道であり、気のように運動するものなのか。奇高峰は、理と気を二つの独立した出発点のように扱うことを批判しました。現実の感情では、理と気が離れて動くわけではないからです。

退渓も最初の表現をそのまま押し通したのではありません。往復の中で、四端にも気が伴い、七情にも理が働くことを認めながら、それでも道徳的な発動の違いをどう表せるかを探りました。

四端と七情を分離せず、発し方の重点として比べる図

この論争の面白さは、一方が勝って感情の分類表が完成したことにはありません。退渓は善の根拠を薄めたくない。奇高峰は、現実の感情に理と気がともに働くことを崩したくない。二人は、異なる危険を見ていました。

「これは四端だ」と判定すればよいのか

四端七情論を現代へ近づけると、「いまの感情は四端か、七情か」と自問する方法にしたくなります。しかし、この使い方には注意が必要です。

不正を見た怒りだから四端、批判された苛立ちだから七情、と外見だけで決めることはできません。正義を語る怒りに自己防衛が混じることもあり、個人的な悲しみが他者への配慮を開くこともあります。退渓の議論は、感情へ名前を貼るためというより、感情の道徳的な方向と、具体的な現れ方の両方を検討する修養論です。

問いは「どちらの箱か」から、次のように変わります。

何に反応して、この感情が動いたのか。
その中に、守るべき道徳的な関心はあるか。
表し方に過不足や思い込みが混じっていないか。

こう問えば、感情を消さず、感情を正義そのものにもせずに済みます。

正統を守ることと、問いを変えること

退渓は、朱熹の外から新しい心理学を持ち込んだのではありません。朱熹の理気論と孟子の性善説を真剣に受け取り、その内部で説明しきれない問題を追いました。

ただし、これを「師を最も忠実に読んだ者だけが師を超えられる」という成功物語にまとめると、奇高峰の批判や、論争後の修正が見えなくなります。思想が深まったのは、正統への忠誠だけでなく、相手が論理の弱点を指摘し、応答を重ねたからです。

継承は、一人で完成する仕事ではありません。理解のずれを言葉にし、批判され、表現を直す過程もまた、思想を受け継ぐことに含まれます。

現代への応用(本記事での解釈)

強い感情が動いたとき、善悪の判決を急がず、三つの欄に書き分けます。

感情が守ろうとしているもの感情を強めた条件選び直せる表し方
公平、安全、尊厳など疲労、過去の経験、立場、誤解など確認する、待つ、抗議する、助けを求めるなど

これは退渓が示した三段階の方法ではありません。四端七情論が開いた「道徳的な方向」と「気による具体的な現れ」を分けて考えるための、本記事での応用です。

次章では、朱子学が日本へ渡ったときに何が起きたかを見ます。受け継ぐことは、同じ形を保存することなのでしょうか。

参照した主な資料