セリティを学ぶ 第一部
3章 / 全4

尊厳の物差しは変わる:男性像と女性像のずれ

Ratheteの質問紙調査から、セリティの基準が社会変化とともに更新される過程と、ジェンダーによって異なる変化を読みます。

nakano
7分で読了
アフリカ哲学

牛の数が、人格の証しだった

かつて、牛を多く持つ男性は豊かでした。多くの妻と子どもを持ち、集団のなかで働き、通過儀礼を終えていることも、男性のセリティを語る指標になりました。

では、土地と仕事と家族の形が変わったあとも、同じ指標で人の尊厳を測れるでしょうか。

ラテテの論文は、過去の記述を集めるだけでなく、20歳から60歳までの教師、学生、行政職、看護師、伝統的治療者などに質問紙を配り、調査当時の理解を確かめました。回答者を年齢、性別、学歴などに分け、過去に重視された特徴がどこまで残っているかを見ています。

この調査は2000年代の北ソトの一部地域と回答者を対象にしたものです。現在の北ソト全体の意識を示す世論調査ではありません。それでも、一つの重要な場面を捉えています。

尊厳の物差しが、社会の変化に追いつこうとして揺れる場面です。

男性のセリティ:所有から関係へ

男性像には、はっきりした変化が現れました。

多くの牛を持つこと、複数の妻や妾を持つことは、広い支持を得ませんでした。一方で、家族のために働くこと、周囲から愛され尊重されること、妻を愛し尊重すること、法の下の平等を信じることには、高い支持が集まりました。誠実で嘘を嫌い、女性や子どもへの虐待に反対することも、男性のセリティに結びつけられています。

ここでは、尊厳の中心が所有するものの量から、他者に対して果たす責任へ移っています。

牛、妻、子どもが、その人の力を外から見える形にした時代があった。ところが同じ形式が、別の社会では支配や不平等として見える。セリティという言葉が残っても、「セリティのある男性」の中身は変わります。

伝統が消えたのではありません。親切、共同体への責任、尊重される人格というAの要素が、新しい男性像を組み立て直しています。

女性のセリティ:変化が止まる場所

女性像は、もっと複雑です。

高い教育を受け、親切で、収入があり、子どもを愛する女性は広く支持されました。成功した農業経営者にも肯定的な回答が見られます。論文の要約では、すべての人を満足させるために奴隷のように働く女性像は、支持を失いつつあるとされます。

しかし同じ調査では、家事に時間を使わない自立した女性、家や車を持つ未婚女性、シングルマザー、事業を営む女性に、強い警戒や否定も向けられました。

ここには、変化のねじれがあります。

女性が教育を受け、働くことは認められる。けれど、その自立が婚姻や家事の役割を越え始めると、尊厳の評価が下がる。新しい能力は歓迎されても、古い役割から自由になることまでは歓迎されないのです。

ラテテは、この結果を伝統の証明として受け入れてはいません。女性像には大きな変化が必要だと書き、男性も家事を分かち合うべきだと述べます。

この点は、セリティを「共同体から認められる尊厳」とだけ説明する危険を示します。

共同体の評価は、人を支えることがある。同時に、古い権力関係を「尊敬される人物像」として保存することもあります。

変わることは、よくなることと同じではない

カテゴリーAが前景化し、BやCの一部が弱まる。所有より関係が重視される。ここだけを見れば、セリティは現代的な平等へ滑らかに進んでいるように見えます。

しかし、女性への評価が示すように、変化は一方向ではありません。古い基準と新しい基準は、同じ人の回答のなかにも共存します。ある場面では平等を支持し、別の場面では従属を期待することもある。

過去と調査時点で動くセリティの基準

セリティは、完成した徳目の一覧ではありません。

何を尊敬するか。誰を立派な人と呼ぶか。誰に家族や共同体の負担を背負わせるか。その判断を通して、社会が自分自身を映す鏡です。

では、その鏡に映らない人、共同体の基準から外れた人の尊厳はどうなるのでしょうか。最終章では、セリティを現代へ持ち込む前に、評価する側の責任を考えます。