ウブントゥを学ぶ 第一部
5章 / 全8

死刑をめぐる法廷で、ウブントゥは何を語ったのか

マクワニャネ判決と真実和解委員会をたどり、生命・尊厳・責任・賠償が交差する正義を考えます。

nakano
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アフリカ哲学
法哲学
修復的司法

凶悪な犯罪を犯した人にも、人間の尊厳は残るのでしょうか。

この問いは、被害を受けた人の前では冷たく響くことがあります。加害者の尊厳を語る言葉が、被害者の痛みを再び後回しにすることもあるからです。

1995年、南アフリカ憲法裁判所はマクワニャネ事件(S v Makwanyane)で死刑を違憲と判断しました。複数の判事が、その理由を考える中でウブントゥに言及しました。

判決の中でウブントゥが担った役割を、生命や尊厳をめぐるほかの論拠とともにたどってみます。

ウブントゥは、生命と尊厳をどう結びつけたか

憲法裁判所が検討したのは、生命、尊厳、平等、残虐・非人道的な刑罰の禁止、公衆の意見、犯罪抑止、誤判の危険、国際法など、多くの論点です。死刑を望む世論があっても、憲法上の権利を守るのが裁判所の役割だという判断も示されました。

ウブントゥは、その議論の中で生命と尊厳を理解する言葉として現れます。

ランガ判事は判決の224段落から228段落で、ウブントゥが共同体の成員に無条件の尊重、尊厳、価値、受容を認める一方、互いに同じ尊重を返す責任も伴うと論じました。さらに、凶悪な犯罪がウブントゥに反するのと同じように、残酷で非人道的な扱いもウブントゥを欠くと述べています。

ここで判決は、犯罪の重さを軽くしていません。被害者の生命が失われた事実を見たうえで、国家が人を殺すことによって生命の価値を守れるのかを問います。

こうしてウブントゥは、複数の憲法的論拠とともに、生命と尊厳を守る判断を支えました。南アフリカの憲法を、この社会で語られてきた人間性や相互の責任からも理解できるようにしたのです。

マクワニャネ判決とTRCを一つの成功物語にしない

TRCが分けて引き受けた三つの仕事

アパルトヘイト後の南アフリカでは、過去の人権侵害をどう扱うかが国家の再建に直結しました。そのために設けられたのが真実和解委員会(TRC)です。

TRCには、主に三つの働きがありました。

  • 人権侵害を調べ、被害者の証言と被害を記録する。
  • 被害者と家族の回復、賠償、尊厳の回復を検討する。
  • 政治的目的に関連する行為について、全容を明らかにした申請者の恩赦を審査する。

恩赦は、ただ謝れば与えられるものではありませんでした。対象となる期間や政治的目的との関連があり、行為を十分に開示することが条件でした。

それでも、加害者が訴追を免れる一方、被害者が十分な賠償を受けられなければ、正義は片側だけになります。TRCの賠償政策は、恩赦を受けた加害者に対する損害賠償請求の道を被害者が失うからこそ、国が賠償と回復へ責任を負う必要があると説明しています。

傷ついた人の生活から、責任を考える

修復的司法は、犯罪を法規則への違反だけでなく、人と関係に生じた害として捉えます。中心にあるのは、次のような問いです。

  • 誰が傷ついたのか。
  • どのような損害と必要が残っているのか。
  • 誰が責任を負うべきか。
  • 安全と尊厳を回復するために、何が必要か。

ここに対話が含まれる場合はあります。しかし、被害者が加害者と会うことや、赦すことが必須なのではありません。被害者の安全と意思を無視して関係の再建を求めれば、「和解」が新しい圧力になります。

デズモンド・ツツの『許しなくして未来はない』は、南アフリカの移行期を考える重要な証言です。同時に、宗教的な赦し、個人の感情、国家の恩赦、法的責任、物質的な賠償は、それぞれ別の問題です。一つの美しい言葉でまとめないことが、被害者の経験を守ります。

正義は、関係を戻すだけでは足りない

壊れる前の関係が、すでに不正だった場合があります。アパルトヘイトは、人種差別的な法律、土地、教育、警察、労働を通じて、人と人の位置を不平等に作った制度でした。

そのため、修復とは昔の関係へ戻ることではありません。真実を記録し、責任を認め、被害を償い、同じことが起きない制度を作る必要があります。

ウブントゥが法に与えた問いは、「仲直りできるか」だけではありません。誰かの人間性を奪う制度の中で、自分たちの人間性も傷ついていなかったかという問いです。

現代への応用(本記事での解釈)

身近な衝突を修復したいとき、最初から「関係を元に戻す」ことを目標にしません。次の順に確かめます。

  1. 何が起きたかを、当事者が安全に語れるか。
  2. 被害と必要を、加害側の事情より先に確認したか。
  3. 責任と償いが具体的になっているか。
  4. 再発を防ぐ仕組みが変わったか。
  5. 関係を再開するかどうかを、被害者が選べるか。

修復は、責任を弱めるための優しい言葉ではありません。関係、制度、将来を含めて、責任を広く引き受ける考え方です。

次章では、共同体を重んじる言葉そのものが、人を傷つける側へ回る危険を考えます。

参照資料