自由とは、好きにすることではなく、支配されないことである
ロックの自然権論を、王権への反論と、普遍的自由が実際には誰に届いたのかという問いから読む。
王が人を支配できるのは、最初の父アダムから権威を受け継いだからだ。
17世紀のイングランドには、そのように王権を正当化する議論がありました。王は大きな家族の父であり、人民はその子である。父への服従が自然なら、王への服従も自然になる。ロバート・フィルマーの王権論は、聖書と父権を使って絶対的な支配を支えようとしました。
ロックの『統治二論』は、何もない場所から自由を発明した本ではありません。
「人は生まれながらに誰かの臣下なのか」という、切迫した政治的対立の中で書かれました。ロック自身も政治的な緊張のなかでオランダへ亡命し、帰国後、『統治二論』を匿名で刊行します。
フィルマーの前提に対して、ロックは、人は自然に自由で平等であると考えました。
ここでいう自然状態とは、単純な無法地帯ではありません。政府が存在する前にも自然法があり、人は他人の生命、健康、自由、所有を害してはならない。自由とは、何をしてもよい放縦ではなく、他者も同じ自由を持つことによって限界づけられています。
この前提に立つと、政治権力の見え方が変わります。
王が父であり、人民が子であるなら、支配する側が先に正当性を持ちます。しかし、人がもともと自由で平等なら、政府の側こそ、なぜ人を拘束できるのかを説明しなければなりません。
政府は人々を所有するためにあるのではない。生命、自由、財産を守るために、人々から一定の権限を託される。政治権力は、公共善という目的に縛られた信託になります。
もし政府がその目的に反し、人々の権利を破壊するなら、正当性も揺らぎます。権力は、ただ存在しているから正しいのではありません。何のために使われているかによって、正当かどうかを問われます。
これは、神、血統、伝統、征服によって支配を当然視する考え方からの、大きな転換でした。
自由とは、自分の好きなことを何でもする感覚ではありません。
自分の生命、身体、財産、信仰、判断を、誰かの恣意によって奪われないこと。
理由のない命令に従わされないこと。
権力者の気分によって、人生の条件を突然変えられないこと。
国家が自由を与えるのではありません。人が自由であるからこそ、国家の権力が制限される。この順序の反転が、ロックの自由論の強さです。
しかし、この普遍的な言葉を、そのまま完成した平等として受け取ることはできません。
ロックの所有論は、労働によって自然物を自分のものにできると説明します。その議論は、所有の正当性を考える力を持つ一方、すでに人が暮らし、異なる仕方で土地を利用していた場所を「利用されていない」と見る視線とも結びつきえました。
ロック自身も、植民地行政や交易と無縁ではありません。彼の自然権論と植民地奴隷制との関係をどう評価するかは、現在も研究上の論争があります。
ここで、「自由を唱えながら奴隷制を正当化した」と一行で決着させることも、「理論は普遍的だから本人の関与は関係ない」と切り離すこともできません。
むしろ見るべきなのは、普遍的な自由の言葉と、その言葉が実際に届いた範囲のずれです。
女性。財産を持たない人々。植民地に住む人々。奴隷化された人々。
「人は自由で平等である」と言われたとき、その「人」に誰が含まれていたのか。誰が、自分もその人間であると証明しなければならなかったのか。
啓蒙思想の価値は、この矛盾がなかったことにあるのではありません。権力へ理由を求める言葉を生み、その言葉が、当初の境界を越えて使われうるようになったことにあります。
ただ「自由であれ」と言うだけでは、強い者が弱い者を支配するかもしれません。法律があっても、法律を作る者、執行する者、裁く者が同じ権力に集まれば、権利は紙の上に残るだけです。
自由を現実のものにするには、権力を縛る制度が必要になります。