ジハードは、一つの意味に閉じられるのか
「聖戦」という訳だけでも、「内面の努力」という説明だけでも捉えきれないジハードの意味を、クルアーンの異なる文脈から読みます。
「ジハード」と聞くと、銃を持った人々や「聖戦」という字幕が浮かぶかもしれません。
その印象を訂正しようとして、「本当のジハードは自分の心と戦うことです」と説明されることもあります。こちらは穏やかですが、別の問題を生みます。クルアーンに戦闘を扱う章句があることまで見えなくなるからです。
では、ジハードは暴力なのでしょうか。非暴力なのでしょうか。
この二択そのものを、いったん外してみます。
クルアーンをもって奮闘する
アラビア語のジハード(jihād)は、力を尽くして努めること、奮闘することに関わる言葉です。
第25章52節では、不信仰者に従わず、クルアーンをもって「大いに奮闘」するよう命じられます。この章はマッカ期の啓示とされ、ここで示される手段はクルアーンです。言葉を伝え、既存の価値観へ抗し、共同体が圧力の中でも信仰を保つ。その奮闘に武器は登場しません。
この一節だけでも、「ジハードは常に戦争を意味する」という理解は崩れます。
ただし、ここから「ジハードは本質的に非暴力であり、戦闘とは無関係だ」と結論づけるのも早すぎます。
戦闘を語る章句もある
クルアーンには、戦闘を表すキタール(qitāl)を扱う節があります。
第2章190節は、戦う者に対して戦い、限度を越えないよう命じます。第4章75節は、抑圧され、救いを求める男女や子どものために、なぜ戦わないのかと問いかけます。一方で、第2章256節は宗教に強制がないと述べ、第8章61節は相手が和平へ傾くなら和平へ傾くよう促します。
ここには一枚の標語では収まらない緊張があります。
- 言葉と啓示による奮闘がある。
- 共同体が攻撃や追放に直面する文脈がある。
- 戦闘には限度が課される。
- 和平へ向かう可能性も開かれている。
クルアーンは、戦争だけを語る書物でも、戦争の現実に触れない書物でもありません。
語源だけでは、歴史を消せない
ジハード、キタール、ハルブ(ḥarb、戦争)は、同じ言葉ではありません。だから「ジハード=聖戦」という固定訳では、クルアーン内の広い用法を捉えにくくなります。
同時に、語源が「努力」だからといって、戦闘を含む歴史的な用法が消えるわけでもありません。後代のイスラーム法学は、戦争、統治、条約、敵対者との関係をジハード論の中で詳細に論じました。時代や法学派によって、攻勢・防衛の条件や政治権力の役割についても見解が異なります。
また、自己の欲望や怠惰に抗う内面的な奮闘を重視する倫理的・スーフィー的な伝統も発達しました。「大ジハード」と「小ジハード」という有名な対比は、その歴史の中で広まった整理です。クルアーン自身がジハードを二種類へ分類した箇所ではありません。
一つの語には、原典での複数の用法と、その後の法学・倫理・政治の歴史が重なっています。
暴力をめぐる二つの単純化
「ジハードはテロを意味する」と考えると、言葉による奮闘、社会的努力、自己鍛錬が見えなくなります。ムスリムの多様な実践も、過激派の言葉へ回収されてしまいます。
反対に「真のジハードは平和的な努力だけだ」と考えると、クルアーンとイスラーム史が戦闘を論じてきた事実が消えます。暴力の正当化がどのような条件で行われ、誰がその条件を決めてきたかを批判的に検討できなくなります。
必要なのは、良い意味と悪い意味を選ぶことではありません。誰が、どの状況で、何を手段として、何を守るために奮闘すると述べているのかを確かめることです。
現代への応用(本記事での解釈)
強い言葉は、意味を確認する前に味方と敵を分けます。ジハードという語がニュースやSNSに現れたとき、すぐに安心したり恐れたりする前に、次の順序で読めます。
- その発言で、ジハードは何を指しているか。
- 手段は言論、教育、福祉、政治運動、武力のどれか。
- 相手は誰で、どのような危害や不正が主張されているか。
- 誰が限度を定め、異論を述べる人はいるか。
- 原典の章句、後代の法学、現代の政治的標語のどの層に属するか。
この確認は、ジハードを無害な言葉にするためではありません。暴力を正当化する言葉も、イスラーム全体を暴力と結びつける言葉も、出所と文脈を同じ手順で確かめるためです。
次章では、法をめぐって同じ問題を追います。神が示す道は、どのような解釈を経て、人間社会の具体的な規則になるのでしょうか。
参考文献
- 東京ジャーミイ出版会『クルアーン 日本語読解』第2章190節・256節、第4章75節、第8章61節、第25章52節。
- Khaleel Mohammed, Islam and Violence, Cambridge University Press.
- Mohammad Hassan Khalil, “War and Peace in the Foundational Texts of Islam,” in Jihad, Radicalism, and the New Atheism.
- Wael B. Hallaq, Sharī'a: Theory, Practice, Transformations, Cambridge University Press.