セリティを学ぶ 第二部
2章 / 全5

生命力の物理学――すれ違う「影」の干渉

セリティを学ぶ 第二部 第2章

nakano
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アフリカ哲学

セリティが「磁気的エネルギー」であるというとき、それは単なる比喩ではありません。セティロアネは、人間が移動し、相互作用するプロセスを、極めて動的な「物理学」のように描写します。

「人が歩くとき、そのセリティは空間を揺らす。そして、二人の人間がすれ違うとき、その影(セリティ)同士は互いに干渉し合い、影響を及ぼし合うのだ」

想像してみてください。満員電車の中で、あるいは喧騒の交差点で、目に見えないエネルギーの波が互いにぶつかり合い、混ざり合っている様子を。ある人のセリティは清らかで力強く、周囲の人々の沈んだ心をふっと軽くさせるかもしれません。また別のある人のセリティは「重く」濁っており、近づくだけで周囲の活力を奪ってしまうかもしれません。

アフリカの伝統的な生活において、この「エネルギーの干渉」は極めて実体的な感覚として扱われてきました。例えば、病人がいる部屋に入る際、あるいは神聖な儀式の場に臨む際、自分のセリティが「どのような状態にあるか」を整えることは、現代人が手を洗うのと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なエチケットだったのです。

この感覚は、現代の私たちがSNSなどのデジタル空間で交わすやり取りにも適用できます。私たちが放つ言葉、情報の背後にある「意図」や「熱量」もまた、デジタルという媒体を介したセリティの放射です。誰かを誹謗中傷する言葉は、相手のセリティを直接的に傷つけ、削り取っていく「負のエネルギー」となります。逆に、誰かを勇気づける一言は、相手の内なるModimoを活性化させる「共鳴」となるのです。

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