セリティを学ぶ 第二部
第3章 / 全5章
力のヒエラルキーと存在の強度
セリティを学ぶ 第二部 第3章
nakano
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アフリカ哲学
セリティの背景にあるこの「力」という概念を、形而上学的に体系化したのが、ベルギーの宣教師プラシド・テンペルスでした。彼の著書『バントゥー哲学(Bantu Philosophy)』は議論を呼びましたが、アフリカの存在論を「力(Force)」の観点から捉え直した点は極めて重要です。
テンペルスによれば、アフリカの存在論において「存在する(Being)」とは「力を持っている(Force)」ことと同義です。西洋哲学では、石は石として、人間は人間として「ある」という静的な状態を重視しますが、バントゥー哲学では、その存在がどれだけの「生命力」を体現しているかという「強度」が問われます。
この生命力には階層(ヒエラルキー)があります:
- Modimo (神性): 全ての力の源泉。
- 先祖 (Ancestors): 肉体は失っても、強力な生命力を保持し続ける存在。
- 生者 (Living humans): 地上で力を体現し、増減させる主体。
- 動植物・鉱物: 固有の力を持つが、人間ほど動的ではない。
重要なのは、この「力(セリティ)」は増減するという点です。 道徳的な行動、共同体への貢献、正しい儀式、反映、そして他者との良好な関係は、人のセリティを「重く、強く」します。逆に、利己的な行動、不和、タブーの破り、そしてコミュニティからの孤立は、セリティを「軽く、弱く」し、最終的には「影のない者(死者同然の存在)」へと転落させます。
ここでは、倫理性とは「抽象的なルールの遵守」ではなく、「自他の生命力をいかに高め、調和させるか」という、極めて具体的なエネルギー・マネジメントなのです。