四端七情論
nakano
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概要
四端七情論は、16世紀の朝鮮で、李退渓(李滉)と奇大升(奇高峰)が往復書簡を通じて深めた感情論争です。孟子の四端と、『礼記』に見える七情が、理と気の働きの中でどのように生じるのかが争われました。
この論争は、四端を善、七情を悪として分ける判定表ではありません。理と気は切り離せるのか、道徳的な志向と具体的な身体・気質はどう関わるのかという難問を扱っています。
詳細解説
1. 四端と七情
- 四端:惻隠、羞悪、辞譲、是非。孟子が、仁・義・礼・智へ育つ端緒として挙げた心の動きです。
- 七情:喜、怒、哀、懼、愛、悪、欲。人が物事に接して動く一般的な感情です。
七情は、それ自体が悪なのではありません。適切な節度を得れば善く働き、偏りや過不足があれば問題になり得ます。
2. 退渓の区別と、奇大升の異論
退渓は、四端を「理が発し、気が従う」、七情を「気が発し、理がそれに乗る」と表現し、両者の違いを際立たせました。これに対して奇大升は、現実の感情では理と気が常にともに働く以上、発する主体を二つに分けると分断が強すぎるのではないかと問い返しました。
往復書簡の中で表現は修正され、論点も深まりました。そのため、退渓の最初の定式だけを論争全体の完成形と見なすことはできません。
3. 現代の感情をどう読むか
この論争から、目の前の怒りを「四端か七情か」と即座に診断する方法を取り出すのは慎重であるべきです。現代へ応用するなら、感情の対象、道徳的な方向、身体や状況の条件、表現の過不足を分けて考えるための問いとして読むことができます。これは原典に記された診断手順ではなく、論争から得た現代的な読み方です。
登場するブログ記事
さらに深く知るためのガイド
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Korean Confucian Philosophy”
- Michael C. Kalton, The Four-Seven Debate
- 高橋進『李退渓と敬の哲学』