四端七情論

nakano
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概要

四端七情論とは、朝鮮王朝時代の儒学者・李退渓(りたいけい / イ・ファン)と奇大升(きたいしょう / キ・デスン)の間で8年間にわたり交わされた哲学論争、およびそれを通じて確立された感情の分析モデルです。

儒教における本源的な道徳感情である「四端」と、日常生活の中で沸き起こる自然な喜怒哀楽などの感情である「七情」について、その発動の根源(発源)の違いを理気二元論に基づいて厳密に峻別しました。

詳細解説

1. 四端と七情の定義

  • 四端(したん):孟子が説いた、人間に生まれながらに備わる4つの善なる道徳的感情の萌芽。
    • 惻隠(そくいん)の心:他者の不幸を憐れむ心(「仁」の端)
    • 羞悪(しゅうお)の心:自己の悪を恥じ他者の不義を憎む心(「義」の端)
    • 辞譲(じじょう)の心:他者に謙譲する心(「礼」の端)
    • 是非(ぜひ)の心:善悪を正しく見極める心(「智」の端)
  • 七情(しちじょう):『礼記』などに説かれる、人間が持つ一般的な7つの自然感情。
    • 喜(よろこび)、怒(いかり)、哀(かなしみ)、懼(おそれ)、愛(あいじょう)、悪(にくしみ)、欲(よく)。

2. 李退渓による発源の峻別(理発と気発)

朱熹の段階では曖昧であった両者の理気論的位置づけに対し、李退渓は以下のように発動の根源を分ける二元的なモデルを提示しました(退渓の「互発説」)。

  • 四端:「理が発して、気がこれに従う(理発気随・りはつきずい)」 道徳的感情は、私たちの内なる普遍的な真理(理・本然の性)が直接主体となって発動するものであり、本来的に純粋な善であると考えます。
  • 七情:「気が発して、理がこれに乗る(気発理乗・きはつりじょう)」 自然な感情は、外的な刺激を受けてエネルギー(気・気質の性)が主体となって動くものであり、それ自体は善悪未分(善にも悪にもなり得る)です。気が動いた後に理がどのように方向づけるかによって結果が異なります。

3. 実践的内省としての意義

退渓の感情論は、単なる概念の整理にとどまらず、自己の内面を厳格に観察する「居敬(きょけい)」の実践において非常に強力なツールとなりました。 今感じている感情が、理から発した「四端(道徳的良心)」なのか、気から発した「七情(自然な情動)」なのかを注意深く識別し、気が暴走した場合には「理」を乗せてそれを適正な方向に調整する修養方法を体系化しました。


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