本然の性と気質の性
nakano
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概要
本然の性と気質の性は、心の中に二種類の人格があるという説ではありません。『朱子語類』は「性を論じて気を論ぜざれば備わらず、気を論じて性を論ぜざれば明らかならず。二つにすれば即ち是ならず」と注意します。
詳細解説
本然の性
性を理の側から捉える言い方です。朱熹は、その根本に善でないものはないと考えます。
気質の性
性が現実の身体・気質を離れずに現れることを語る言い方です。気稟には清濁や偏正があり、同じ筋道も人によって明瞭に現れたり、私欲に遮られたりします。
宿命でも免罪でもない
気質は、生まれつきだから変えられないという宿命論ではありません。また、本性は善だから現在の行為も正しいという免罪符でもありません。自分の偏りを具体的な事で知り、学びによって変える課題を示します。
「光とグラス」は理解に役立つ比喩ですが、原典の定義ではありません。実際の人間では、性は気質を離れて現れず、気質も性を欠いて人間のあり方にはなりません。