二障
nakano
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概要
二障(にしょう、Dve āvaraṇe)とは、仏教(特に大乗仏教・唯識思想)において、私たちが迷いを脱し、真の悟り(菩提や涅槃)を得ることを阻む2つの根本的な障害です。これらは「我執(自分という実体への執着)」と「法執(物事や概念という実体への執着)」の二つの執着(二執)からそれぞれ生じます。
詳細解説
二障は、以下のように分類され、それぞれ修行の過程で取り除かれる対象(断障)となります。
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煩悩障(ぼんのうしょう - Kleśāvaraṇa)
- 原因: 我執(自分という固定不変の『私』が存在するという誤認)
- 内容: 貪欲、怒り、愚痴などの感情的な煩悩。これらは身心を悩ませ、生死輪廻の苦しみから抜け出すこと(涅槃の獲得)を妨げます。
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所知障(しょちしょう - Jñeyāvaraṇa)
- 原因: 法執(あらゆる現象や概念にそれ自体の固定的な実体があるという誤認)
- 内容: 対象をありのままに(真実の姿として)知ることを妨げる、根本的な認知の偏りや知的な無知。ありのままの智慧(菩提の獲得)を阻みます。
修行ロードマップ(五位)との接続
唯識の実践プロセス(資糧位・加行位・見道・修道・究竟位)では、これらの障壁を2つの段階に分けて清めていきます。
- 分別起(ふんべつき)の二障: 理論や学習によって後天的に形成された思い込み。初期の覚醒体験(見道)において断たれます。
- 倶生起(ぐしょうき)の二障: 生まれつき無意識に備わっている本能的なエゴや執着。長期にわたる日常の実践(修道)を通じて徐々に清められ、最終ゴールである究竟位(仏果)において完全に消滅(金剛喩定)します。
この概念が登場するブログ記事
さらに深く知るためのガイド
- Wikipedia「二障」
- 玄奘三蔵 著『成唯識論』