唯識・唯表識
nakano
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概要
唯識・唯表識は、サンスクリット語の vijñaptimātra をめぐる瑜伽行派の教説です。『唯識三十論頌』第17頌は、分別する側と分別される側が諸識の転変として現れ、その転変を離れた実体的な我や法はないと説きます。
詳細解説
この教説を「外の世界は存在せず、すべては頭の中の映像である」と要約すると、唯識が問題にした認識の構造を、現代の脳内モデルへ置き換えてしまいます。
『成唯識論』は、日常で人や物を語ること自体を禁じません。問い直すのは、「見る私」と「見られる物」が認識の働きより前に独立して存在し、その後で接触するという捉え方です。我や法は識の転変に依って仮に立てられる、と説明します。
瑜伽行派を観念論と呼べるか、外的対象をどの意味で否定するかについては、現代の研究でも議論があります。この概念ページでは、各人が私的な空想世界を作るという説ではなく、能取と所取を実体として掴む認識を分析する教説として紹介します。